Misty Myth


序章



 その日も。
 彼は普段の如く丘の上に立った。
 吹き抜ける春の風がやんわりとその白い髪を靡かせる。端正で華奢で、そして少し幸薄そうな白い肌。
 いつも穏やかなその表情は、この場所に立つたび愁いに曇った。
 遠くには戦乱の炎。眼下の森の所々から立ち上る、暗く濁った煙。

――いつの時代でも戦は絶えぬ。ならば終わらせなくてはならぬ。一時終わらせるのは容易い。だが…

 溜息をつき、憂いがちな眼を天空へ向ける。眼下の戦乱を知らぬげに、穏やかに流れる雲。空はどこまでも青い。

――この空の下の戦をすべて終わらせることなど、果たして可能なのだろうか…。

 考えても始まらぬ。彼は頭を振って軽く息を吐いた。所詮、一生をかけても終わらぬことなのだから。
 眼下に広がる景色を一瞥し、思い切ったように踵を返す。
 ファン=パーシヴァル。
 この時既に、大陸一の軍師と謳われて久しい。
 だがその元に銀髪の四柱が集うのは、これよりもうしばらく先のことであった。





 当時最勢力を誇っていたのは、カルディナ大陸北西部に都を置く軍事国、シプール帝国であった。
 しかしその圧制において反発する属国は決して少なくなく、むしろ月日を負うごとに増え行くばかりであったと言う。
 多数の国はその専制の過程において名を残すのみとなった。しかし逆にシプール帝国に及ばずとも対抗するだけの力を持ち得るに至った国も存在した。
 ひとつはアレンツ。
 ディゴ大陸の南に位置する、水利豊かな国。
 ひとつはキリガクモ国。
 カルバラ大陸北東部に居城を構え、深き森に護られた異民族の国。
 そしてもうひとつが、辺境に位置する小国であった。
 ――その名は未だ、知られていない。


 当時パーシヴァルが仕えた国は、ディゴ大陸領アレンツ。
 だが、アレンツはほどなくシプールの軍門に下ることとなる。その水利ゆえ、海をも制覇せんと目論んだライオネードの標的になったのだ。
 無論のことながら、パーシヴァルは軍師として幾度となく進言した。しかし、アレンツにはそれを受け入れ、実行するだけの度量はなかったようだ。
 他国との連環の計は他愛もなく退けられ、背面の海を逆手に取った篭城戦は一笑された。それではと提じた奇襲策は、そこまで慎重になる必要は無いと却下された。
 確かにアレンツの軍事力は、それのみでシプールに匹敵するほどでもあった。海と、切り立った嶺に囲われた都市は、確かに天然の要塞と呼ばれるに相応しかった。
 シプールへ屈するに至ったのは、おそらくにアレンツの慢心にあったのだろう。或いは、パーシヴァルの若さゆえに重きを置かれなかったのかもしれぬ。
 もしもこのときパーシヴァルの案を受け入れるだけの器があれば、アレンツは落とされることもなく、同時期の各地における反帝国軍の滅亡も免れていただろう…というのは、後を振り返っての彼自身の言葉である。しかし――
 アレンツ落城の際、パーシヴァルの姿は既に無かった。
 これより数年…皇帝ダルネシア二世に仕官するまで、彼は流浪の旅路につくこととなる。
 時に、大陸暦858年。
 アレンツより立ち上る黒煙は、遥かカルバラからも臨むことが出来たという…


It continues...■


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