2004年8月
<<Back | Next>>

2004.8.1(Sun)

「闇の焔」


月灯りの下 手記を繰る
魔島の焔と呼ばれた昔
それは確かに俺に在った

やがて 誇り高き黒は
白に濁り 色褪せて
等しく抱いたそれも失せ

故郷を捨て 国を見限り
闇の焔と呼ばれて
かつての邪炎は彷徨う墨焔

消え失せたものが何かは解らぬ
だが それ以上に
得たものが多いのだろう

愛おしき言霊を思う
色彩は絶えずゆらめく
闇夜の虹



2004.8.2(Mon)

「」


風に乗って異臭がした
遠い国で咆哮する声
使役されしもの
目に浮かぶ

撃たれて弱った彼ら
息の根を止めるためだけに
群がる 虚飾に彩られた
英雄どもの群れ

腐肉に覆われた竜の方が
まだいとおしく 美しい

世界のそこかしこで起きる
異変と戦乱は だが
用意された舞台上の一幕

仕組まれた悲劇などに
俺は魅力を感じない



2004.8.3(Tue)

「想い月」


地平の彼方に月を望む
微かに輪郭 朧
されどその光
煌々と 皓々と

南天の末に月を望む
形違えねど小さく
されどその光
凛々と 燐燐と

想い溢れ欠ける月を望む
尽きるまで零す 吐息
星屑に散らして
ひらひらと ひらひらと



2004.8.4(Wed)

「」


書きかけた文字を泳がす
定まらない思考

封じ込める 意識
眠りの奥底へ


紅く盛る炎を見送る
止め処ない思い

押し殺す 言葉
朽ちるまで


…どうも…
 思考が前を向かない…



2004.8.5(Thu)

「」


目覚めて
ああ そうだったな、と

身を包む炎を思い出す
傍らに手を伸ばしかけて留まり

己が行動を自嘲する

疲れているだけだ
そう幾度も言い聞かせて


もう少し
 せめて夜まで



2004.8.6(Fri)

「連なるもの」


一夜明けて 少し落ち着いた

死を恐れる夜闇の精霊など
冗談にもならないが


俺は恐れているのだろう
死に伴う喪失ではなく

『死』という現象そのものを

かつて伸ばした指先が
焼き尽くしたその姿を


思い出して覚えるのは恐怖
いっそ愚かしいほどに。



2004.8.7(Sat)

「」


びぃん、と
厭な音を立てて

弾け切れた月琴の弦が
指先を掠めた

乱暴に扱ったつもりは無いのだがな

切れた弦を眺めて
それから空へ視線を移す

どこかで上げているらしい
遠い 花火の音

見上げて
溜息一つ


眠るその姿に手を伸ばして
小さく口ずさむ 夕暮れの歌



2004.8.8(Sun)

「」


失いたくない、と
そんな事を思ったのは
初めてかもしれない


知らない事が多すぎて
解らない事が多すぎて

感じる想いと不思議な感覚は
辛く 苦しいけれど
それ以上に心地好くて


前を向く

逃げぬように
進んで行けるように

失わぬように



2004.8.9(Mon)

「」


厭な夢を見た
幻が見る夢

閉ざされた視界
触れようとする腕は
動かぬまま

翻弄され蹂躙され
呼ぶ名に応えは無く
それでも呼び続ける

見えずとも表情は判った
薄く笑い冷たく見下ろし
言葉だけは優しくて

仕草の一つ一つに怯え
唯一の接点に縋る
心無い行為に


それが望みか
 かつての俺よ



2004.8.10(Tue)

「欠けゆく月」


…ああ

こんな 気持ちだったのだな
過ぎ去った青い飛竜よ

だが

同じ道など辿ってやるものか

触れえぬ時の事象に
尚未練がましく手を伸ばす
貴公と同じ道など。


隻眼とは言え
溺れるほど盲目じゃない


見上げた空に欠けゆく月
薄く笑って月琴を取る

誰もこの音を聞いてくれるな
今奏でる楽はきっと
 酷く荒んでいる



2004.8.13(Fri)

「」


諦めの悪い奴は好きだが
己が決断を己で覆す奴は

大嫌いだ

…反吐が出る


未練があるなら留まればいい
断ち切ると決めたなら

飛び立ち 前を向け

去った顔をしたまま
 知らぬ振りして
理を歪めるその行動に気付かない


俺は貴公を軽蔑する
心の底から。



2004.8.14(Sat)

「雪柳」


微かな風に吹かれ
闇夜に降る純白

夏の風花かと 空を仰げば

視界の隅にほのかな
ゆきやなぎ

細やかな花片
小さき白

土に触れて
溶けることもなく

はらはら はらはらと

音もなく舞い落ちる
真っ白な 花



2004.8.16(Mon)

「」


幾枚かの紙片を火に投じて
大きく息を吐き出した

言い訳など すまい
為し得なかったは己が責

また一つ 息を吐いて
再び紙片に向かう

動かない動かせない言葉は
俺が至らぬ所為だから


今は書くのみ



2004.8.17(Tue)

「」


何かあると
過去のせいにするのは

悪い癖だな と

今更思う

生きているのは 今で
それは未来とともに
可変なものだから

過去を映すこの眸の虚に
いっそ義眼でも嵌め込もうか


形から入ったところで
変われやしないのだがな



2004.8.18(Wed)

「Façade」


仰臥したまま
ふと 昔を思い出す

語る月も相手もないが
出来事を逐一思い起こしては
懐かしさに浸る

戻りたいとは思わない
後悔も未練もない


紅蓮と墨の色で覆う
記憶の抜け殻


…厭になる



2004.8.19(Thu)

「ビエル山脈」


戦中 入国する
馴染みのない国

それでも
どこかで見た顔に会う

旅の不思議


蛇行しつつ伸びる糸は
どこかで出会い 絡み合い
縁を為し
絆を為し

そして

物語を織りなす



2004.8.20(Fri)

「」


執政者は舞台の上
一般市民は観客席

舞台監督は『法』と『打算』
『政務』という脚本で
演じられる喜劇 悲劇

聴衆は関わらず関われず
観て笑い 涙し
幸福で満たされ
時に怒りを覚える

言葉に 仕草に
為された事象に

けれども舞台の上
演じる役者は我関せずと
己に浸り言葉に浸り
相手と客を酔わせない

道化は居らず
やがて劇場は寂れ

それでも己に酔う
役者たちは気付かない



2004.8.21(Sat)

「」


空を彩る鮮やかな
華と閃く夢模様

音も光も鮮烈に
黒き闇夜を照らし出す

見上げる貌に見惚れ貌
深く沈める憂き世でも

夢幻の色を咲かせて輝く
夜空の花を抱いて寝れば

現の辛苦も夢のまた夢



2004.8.22(Sun)

「」


落ち込んでる場合じゃないし
いじけている場合でもないし
そもそもそんな立場でもない

とはいえ

……

参ったな

意識が 酷く
混濁している


こんな感覚を
俺は 知らない

知らない はずだった


…不思議な人だ
貴方は。



2004.8.23(Mon)

「久遠」


『何千年かのその後に
 酷く年老いて
 そうしたら俺たちは
 どんな顔をして行き違えば良いのだろう』

『―幸せな奴だ』

『…何故?』

『何千年かのその後も
 共に在れると思うから
 お前はそれで悩むのだろう』



2004.8.24(Tue)

「」


特に話題の無いときは
大抵空の話題

昼の雲はどうだった
今日は大分暑かったが
やはり陽射しも厳しかったかな

夜は夜でまた空見上げ
西方の神話と星の名と
月の色は何色だろうかと


…解っている

朧月に霞み月
横たわる星の河

それよりも尚 綺麗だと思うもの

知りたいのなら聞かせてやろう
その心の奥深くまで



2004.8.25(Wed)

「」


どうかしている

己で己を制御出来ない感覚
こんな厄介なものだとは知らなかった

後悔は無いが 戸惑う
暫くすれば落ち着くとは思うが

愉快だね

これだけ生きても尚
知らない事が多すぎる

うつろわざる炎はうつろい
止めた時間は動き出す

確約された未来はなく
永遠もない

…愉快だね

それでも俺は幸せなんだ



2004.8.26(Thu)

「うつろ」


気になるな と思った
下手に飾ると どうも
浮いていけない

虚ろな右の眸が
そこだけ奇妙な違和感を伴って

片手で覆って 髪を下ろして
俺は何をしているのだろう

気にしてるわけじゃない

ただ

どうせ化けるのなら
完璧にやりたいじゃないか?



2004.8.27(Fri)

「」


…未だ そこに居るか

いい加減 今に立ち返ったらどうだ

それとも

こちらでこの場所を隠してやらねば

貴公は前さえ見れぬのか


忌々しい。



2004.8.28(Sat)

「荊」


…場所を変えるべきかな、と思う

世界に居らぬ亡霊が彷徨っているようだし

いつまでも魔島の地下に
蔵書を隠しておくわけにも行かない

居らぬ者のために
伝言を置くのも腹立たしい


貴公が断ち切れぬのなら
こちらから切ってやるまでだ



2004.8.29(Sun)

「雨歌」


手にしたグラスの酒に
ぽつり、と
一つ 雨雫

見上げれば
闇色に染まる空から
迫り落ちる 糸雫

紛れ込んだ一滴ごと
玻璃のグラスを干して

ふらりと立ち上がる
そんな夜

ふと口ずさむは
昔聞いた 雨の歌



2004.8.30(Mon)

「」


未来も過去もなく
戻る気も進む気もなく
其処に在ることもないのなら

その存在は何と呼ばれるのだ

無で在りたいのなら
己すら消してしまえ


中空に言葉吐きかける
己を哂う

莫迦莫迦しい

そうして囚われる事が
俺が行為への報復か

…莫迦莫迦、しい。


何より
忌まわしい。



2004.8.31(Tue)

「」


一時の月の輝きに
未来と過去とを垣間見る

誘われて地下より出て
何も知らないあの頃のように
膝を抱えて月を見上げた

…あの頃は。


思い出しかけて止める
比べたところで詮無きこと

寂しい、だけで請うなんて

…どうかしている。



<<Back | Next>>