2005年5月
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2005.5.1(Sun)

「涙石」


水面に触れて溶けてゆく
ぽつりと落ちたその石は
涙一粒零したように
青く 紅く きらめいて

触れた刹那に砕け散り
さらさらと崩れ去る
雫の形を留めたように
冷たくまるく 暖かく

炎を宿す指先も
涙を拭う指先も
触れ得ることさえ叶わずて

遠く 遙か 天の片隅より
きらり墜ち来る その石が
やがて静かに消えゆくまでを
ただ ただ 眺め 見守るのみ


空へと伸ばした爪先に
触れた涙石 ひとつ
泡沫一つ 割れゆくように
ふつりと弾けて 風と消えた



2005.5.3(Tue)

「刻止」


惚けるように
融けゆくように
夢見た時は消え去って

指の隙間から零れ落ち
瓦礫の狭間に消えて失せ
風に吹かれてさらさらと
名残は幽かに翻る

この手の先に触れ得るは
存在と熱の残り滓
砂礫と似た幻

儚き夢の 一刹那



2005.5.4(Wed)

「」


月も星も詩も
与えられる感覚に霞み

まほろばが夢に触れ
現を知ることがあるのなら

織りなされる現に
月は 星は 詩は
描かれることがあるのだろうか


虚眼に映すは過去でなく
未来であれば良いと思う

月を 星を 詩を
そして貴方を抱いて

夢でもまほろばでもない
それが現であれば良いと思う



2005.5.5(Thu)

「」


意識の片隅から零れ落ちた
言霊の欠片を一つ 拾い上げて

月見えぬ空に翳し
闇映す その色を透かし見る

封じ 忘れた筈の紅蓮
虚のままの隻眼に影落とし

降り積もるように
緋の輪郭 墨色焔を形作る

意識の片隅にそっと置き戻し
言霊の欠片を一つ 抱き締めた


貰った言葉の数々を
 そうして時折 思い出す



2005.5.6(Fri)

「朧火」


消える間際の灯火のように
時折黒を吐き出して
千々に消え 時に明るく

己の焔をそう錯覚する
己から消滅を望まぬ限り
消えることなど 出来やしないのに

消えれば俺は無に為る
痕跡一つ残さずに

愛おしむその存在の
骸と混じり灰となることも
死して尚共にあることも

俺はまほろば
触れ得るまほろば

その理を
初めて 厭わしいと思った



2005.5.7(Sat)

「融けない炎」


一つの器に双つの命

片方だけしか救えないとしたら
双つを殺して喰らって仕舞おう

器さえも魂さえも
宿せぬこの身に遺るのは
疵痕さえ無く記憶のみ

そして若しも叶うなら
この身を凍てつく氷土の底に
永久に融けることのない
冷えた檻の下閉じこめて

多分 きっと 其処でなら
在り続けるまま死ぬ事が出来る

肉体さえも生命さえも
宿せぬこの身に赦される
それは恐らく至上の死


御伽噺の姫君のような
そんな巫山戯た夢想さえ
笑い飛ばせぬ己を嗤う



2005.5.8(Sun)

「」


新月の夜 闇に月は無い
己の光を持たぬ月は
輝けぬ己を恥じるが如く
太陽の影に隠れ
蒼白の空を往く

闇夜の黒に死に絶えて
蒼穹に流離う頭蓋と似て
真昼の青に浄化され
やがて光を取り戻す

真昼の月 光に透かされ
照らされて青に映える
雲にも風にも揺らぐ事無く
空の水面に映る月
白骨の如き色晒す

いずれの日にか叶うなら
月よ 願わくばこの闇に
お前自身の光を以て
輝く夜が来ることを

黒き夜闇のこの色を
お前自身の色を以て
染め上げる日が来ることを


密かに祈った
 見えぬ月の為に



2005.5.9(Mon)

「」


決して綺麗だとは言えぬ過去が
ふとした瞬間 脳裏に浮かんで
揺らめいて消える
嘲笑うように

時には黒き亡霊の姿して
時には擦れ違った者の姿して
いずれも皆 目を逸らし
触れ合う感覚に仮初めを求めた姿

浅ましい程に 乱れて
狂い壊れる程に 欲して
喰らい朽ち果てる迄 貪った

享楽と快楽と言う名の甘毒を
忘却という名の麻酔を

否定はしない それが俺の姿
それが俺の過去

ただ
また引き戻されることの無いように
溺れることのないように

それだけは 強く思う



2005.5.10(Tue)

「」


薄紅に色染まる
雲の紗掛かる空の果て
陽の軌跡を追う如く
細い爪月 影一つ

鋭く薄闇切り裂いて
仕留め損ねた太陽の
闇に沈むを悔し気に
月は見送る 暁闇の刻

足掻けど届かぬその距離に
気付かぬ振りして今日も亦た
その一欠片の光を奪い
貪り喰らいてまた満ちる

刃のそれより尚細く
薄い浮舟 満ちる日は
空の天秤 揺らめいて
月 白金の陽と化す

いづれか来るその日迄
月は光の軌跡追う



2005.5.11(Wed)

「魔女は六度死ぬ」


己が命を六つに割って
五つを隠して生きる者

左の掌 空に伸ばして
薬指の先針で刺し

滴る紅 刃に落として
所有の絆を結ぶ者

そうして魔の力を得る者が
ヒトには居ると 昔知った

黒き衣に身を包み
烏と猫とを友にして

ヒトであることを捨て
己の命さえ裂いて

彼女達が手に入れたのは
一体何だったのだろう

六度目の死の先にあるものは
一体何なのだろう


ただ一度の死さえも
俺には訪れてくれないのに



2005.5.12(Thu)

「」


月を探して一人歩く
そんな他愛もない夢を見た

木々から零れる鳥の啼き声
闇に彷徨う夜啼鶯

見上げた空に月は無かった
星も 雲も 風さえも

囀る声に押されるように
見えぬ視界を手探りに

黒を照らす月を探して
その影求めて 唯一人

彷徨い続ける夜に
 未だ 終わりは見えない



2005.5.14(Sat)

「」


月の象意は気紛れ
不安定で先の見えない恐れ
視界の効かない足下に
潜む危険と罠の気配

荷の内に仕舞い込んだままの
カードの一束から零れて落ちた
その一枚を拾い上げて

謎は解き明かし
暗雲は炎が払う
呟けば

手の内で ひらり
月のカードは炎へ替わる


これが
 俺の答え



2005.5.15(Sun)

「雨の色」


叩きつける雨の音
開いた花を散らすよな
その激しさに息吐いた

豪雨の内に手を伸ばせば
あの聞き慣れた音させて
俺が肌の 身体の色は
瞬く間に失われる

昔… ずっと昔
そうして奪われる熱が 存在が
何処か 奴を思い出させたから
好んで身を浸したものだった

激しすぎる雨の色に
己の紅蓮が消えるほど


それでも俺は消えなかった
消えることなど出来なかった

消滅は即ち この世界から
奴の記憶が消え去ることと同義だったから



2005.5.16(Mon)

「」


内の見えぬ黒に惹かれた
覆い隠された闇に魅せられた

誰よりも何よりも
恐らく闇と魔を愛した人

彼の大地を 彼の国を
呪いを 悪夢を 不幸さえも


この世界から去る
闇抱く不可視の素顔

かつての一時恋い焦がれ
手に入らぬまま遠ざかり

そして おそらく
近い内繋がりは途絶える


冥界で遇ったら 潔くやられろと
そう言う貴方は昔と変わらない

だから俺も変わらず
出会った時と変わらずに

かつて焦がれた闇の化身を
紅蓮の炎で見送ろう


逝く道に
 闇と魔の禍あれ



2005.5.17(Tue)

「」


時代が変わっても人の心は変わらない
私利私欲に走る者
国の為に忠誠を誓う者
ただその日だけを過ごす者

人を嘲りその生き様を嗤う者も居れば
微かでも触れた縁を拠り所に生きる者も居る

善くも 悪くも
生命とは自由なものなのだろう


機械都市の片隅で
遠く 市内の騒ぎを眺めながら

この国は大丈夫だ
そう感じた



2005.5.18(Wed)

「惜日」


湿り気を帯びた風
皐色した匂いと音
空見上げれば目に映る
朧の雲と戯れる月

そんな 雨上がり

かつて過ごした時
夜明けまで語らった友
昔を思いだしてふと
懐かしさに浸りたくなる

気紛れに訪ねる友も減った

上弦過ぎれば豊穣の月
光孕む十三夜の月
もし また
 同じ風が吹いたら

流されるままに

思い出に浸りに行くのも 良いかもしれない



2005.5.19(Thu)

「光露」


空に弾けて消える炎華は
光露の呼び名をも持つと聞く

炎は空へ昇る雫
時には青く 時には赤く
色とりどりに彩を為し

夜の彼方へ迸り
闇に光を滴らせ
砕けて そして 露と消える

花に散る光の露



2005.5.20(Fri)

「」


十三夜の月 豊穣の月
真円に向かって満ちる月

立夏過ぎて 陽の刻長く
薄水色の空を昇る月

光の形に穴空いたよに
空虚な己の心の内

破鏡の爪月が 冷たく嗤う


…逃避も大概にしなければ



2005.5.21(Sat)

「」


言葉にせねば伝わらぬこと
言葉にしては伝わらぬこと
そのどちらでも伝わらぬこと

身体の作りも 辿った路も
生きる理さえも違うから
理解できぬは当然のこと

知り得ぬ過去に触れ得るのなら
理解ではなく もっと深い処で
感じて 受け入れて行きたいと

そう願うのは
ヒトを知らぬ契約種の戯言だろうか


アナタを通してヒトに触れ
アナタを通してヒトの世界を知る
そうして得た何かから
アナタを知ることが出来るなら

この身を水面に沈めても構わない



2005.5.22(Sun)

「」


翻弄 される
感覚も 言葉も
意識も 行為さえも

水面に映る月のようだと
らしくもなく そんなことを思った

―己ではどうすることも出来ず
 不安定に ゆらり 揺れるだけ―

もし己の種に忠実に喩えるとしたら
おそらくは風に揺れる炎

存在 生命 思念
唯一つの存在に
翻弄される



2005.5.23(Mon)

「」


隻眼の月は 満ちることがない

どれだけ満ちるを望もうと
どれだけ光を受けようと

その双眸の一つは虚ろ


満ちぬ月は 狂うことがない

如何に堕落を望もうと
如何に狂乱を装おうと

狂気を導く光は満ちぬ


狂えぬ月は唯 其処に在る
己を満たす双眸の片割れを

その破鏡の内で 求め乍ら



2005.5.24(Tue)

「」


紅色を身に負うた
緋色の瞳の小飛竜
漆の如き鈎爪と
背に翻る炎の朱

まるでかつての俺だねと
動かぬその身を抱き上げて
浮かんだその名を囁けば

硝子の瞳は煌めいて
冷たきその肌 熱を帯び
翼は羽撃き風為して
微かに薫る火の匂い

彼の者の名は
 ―炎[メジュラ]―



2005.5.25(Wed)

「」


月明かりの下 揺れる影
風に吹かれて ゆらぁり ゆらり
見上げた夜空 浮かぶ星
雲に紛れて 朧に霞む

掲げた杯 干す唇
内なるこの熱 滾らすような
滴る雫は 燃ゆる色
零れて消えて 緋の吐息

延べた手の先 触れる肌
滑る指先 疼きを為しては
爪先迄をも浸蝕す
融けて混じりて 双つが一つ



2005.5.26(Thu)

「」


鼓動を持たない身体
雫落とせば煙と消え
痺れた肌は色失せる

涙も汗も有りやしない
生命体のそれのように
子を為す力も無いまま

意思と欠けた感情で
唯彷徨うだけだった
それは遠い過去の話

鼓動も 肌も 涙も汗も
子を為す力も無いままに
路無き路を歩み続けても

意思と欠けた感情でも
得る何かがあるのなら
その何かを失わぬよう

手探りでも先へ進んで行ける
それは おそらく
この傍らにある存在がゆえに



2005.5.28(Sat)

「」


紅は墨色に
金色は深き闇に

捨てた感覚 知り得ぬ想い
抱けぬ筈の欠落を抱き

そうして「生きて」行くのだと
愚かしくもそう信じていた


闇色の墨焔
残された紅蓮の名残

触れ得なかった想い 感覚
知り得たものは残酷なほど

己に生命無き「現実」を
幾度も幾度も突き付ける


亡霊さえ名乗れない
俺が此の身は炎
意思を持ち 感覚を持ち
感情を知り得た 幻



2005.5.29(Sun)

「」


水気を含んだ風
木々の蒼の匂い
日毎に増す気温

気付けば季節は過ぎて
幾度迎えたかすら忘れた
初夏をまた迎える

ヒトのそれより遙かに永い間
絶え間なく繰り返された年月
今も尚 時間の歩みは変わらない

俺はあとどれだけ
この世界に留まれるのだろう
どれだけの間
留まり続けなくてはいけないのだろう

俺が過ごした時間と同じだけ
これからの時が過ぎても

この傍らに
求める存在はあるのだろうか



2005.5.30(Mon)

「」


霧の合間を突き抜けて
雨音だけが木霊する

雲を紡いだ天糸の
千切れた名残か切れ端か
空より来たる雨糸の
契るは土と水の絆


木々の合間を擦り抜けて
滴り落ちる葉の雫

空の紺碧 風の翠緑
映して廻り 地の色へ
空の残滓 風の兆しを
宿して巡る 水面の戯れ


雨降り満つる 初夏の森



2005.5.31(Tue)

「」


昔を思い出す
かつて故郷と呼んだ地に
足を踏み入れるよりも
もっとずっと昔

擦れ違い別れた者
交じり暫しの時を共にした者
戦場での邂逅

幾つもの影と擦れ違い
幾つもの魂を焼き殺し

その度にこの焔の黒は色増して
僅かずつ 染まっていった


紅蓮の影が灯る
俺の持たない右目を赤く
血や炎のそれよりも
真紅に滾らせて

何時からだったろう
影が緋色に染まるようになったのは
一体何時だったろう

隻眼より墨色を滴らせ
墨雫は緋色に混じり消える

その度にこの身の痕は引き攣れて
僅かずつ 感覚を奪ってゆく


いずれすべて
奪われる時があるのだろうか

いつかどこかで
この疵痕が消えることはあるのだろうか



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