決戦前夜 scene3:vincent
Final FantasyZ
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 持たれかかる鉄の壁に、飛空艇の振動が伝わってくる。
 金色の爪を帯びた腕で無造作に前髪をかきあげながら、黒髪の青年はその物憂げな紅焔玉の目を伏せた。
 寛いだ格好をしてはいたが、その胸には裏腹に張りつめた想いが充満していた。

 (ルクレツィア…)

 最愛の女性の名をふと口のなかで呟く。それにつれて思い起こされるのは、決して忘れえぬ古い記憶…。

 (あの村ですべては始まり…そして終わった…)

 自分の左腕に目を落とし、その金属光沢に自嘲的な笑みを口元に浮かべる。

 (この身体も、生命も、そしてこの宿命さえも…すべては私の罪…)

 愛する人が幸せならばそれで構わない。そんな言葉は偽善だった。諦めるための言い訳にしか過ぎないことは、とうに承知していた。

 (私はずっと自分を偽ってきた。…そして、キミを守れなかった…。
 ジェノバの細胞はキミに罪と罰を植え付けた。決して消えない罪を、私のこの身体と同様に…ルクレツィア…)

 失ったものは戻らない。ただ虚しい時があるのみだと。
 そう言ったのは誰だったろう。

 (ルクレツィア──)

 残された右手を握り締める。爪が掌に食い込み、その皮を裂いて血を滲ませるほどに強く。

 (私はキミを守れなかった…)

 死ぬ事を許されない身体。ルクレツィアと離れて一人生き続ける事が残された自分の罰だと思い、償いだと思ってきた。
 だが、彼女は死んではいなかった。自分と同じように不死の罰を得て。
 そして尚、自らの子、セフィロスの事を気に掛けている。宝条との間に生まれたジェノバの子、セフィロスを…。

 (そして私は…キミの子供を殺しに行く。世界を救うために? 否──)

 微かに聞こえる原動機の唸りが、動くもののない部屋を静かに支配する。
 握り締めた拳を開き、彼は血の色の瞳を上げて食い入るように掌を見つめた。

 (私は…何の為に…)

 答えは出ている筈だった。何よりも罰と償いを求める彼だから。
 それでも──

 (…ルクレツィア…)

 重く心に影を落とすのは、後悔か、諦めか…



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