Abyss #0


1.

『寂しい、寂しい。切ないよ。会いたい会いたいあなたに会いたい。
 悲しくて悲しくて壊れそうなのに、どうしてあなたは来てくれないの?』



 見上げれば碧。青より淡く、白泳がせた碧色の空。
 目を落とせば翠。沸き立つように風に色靡かせた。
 所々には、落としたように鮮やかな色彩が踊る。
 その深きへ踏み込めば、透き通った少年、一人。
 きらきらと…世界の創造物、有り得ぬ姿に輝いて。
 此は、神々の忘れ物。
 寵愛ゆえに、愛ゆえに…神々に忘れられた、美しき創造物。
 在るべきは《奈落》
 花咲き乱れ、香気の漂う。
 耳鳴りがするほどの沈黙に、静かに閉ざされた土地。
 ──abyss。
 封じられた禁断の地。

 そこにいつだか、華奢な小鳥が舞い込んだ。

『あぁなんてすてきなところ。ここならしずかにくらせそう。』

 閉ざされた沈黙の土地、所以を知らぬ小鳥は巡る。
 けれど森の奥深く、悲しく佇む水晶一つ。巡る小鳥は気付かない。

『待ち続けて居たんだよ。此の奈落を訪れる者。小さな小鳥よ、僕に気付いて?』

 甘く漂う蜜の香気に、舌を潤す甘美な毒。
 涙を流す水晶に、喜ぶ小鳥は気付かない。

『僕の言葉は届かない? 僕の願いは届かない? 小さな小鳥よ、僕に気付いて?』

 漂う風は穏やかで、囁く木々は優しくて。
 あまりに甘美なその世界、小鳥は次第に溺れて行って。
 動けぬ氷の彫像の、声無き嘆きに気付かない。

『ああ! ああ!
 気付いて。気付いて。気付いてよ。小さな小鳥よ、僕に気付いて?』

 けれど小鳥は静かに眠る。残酷すぎる優しさに、溺れ埋もれて抜け出せぬまま。
 久遠に、永久に、目覚めぬままに。
 眠りを知った少年の像は、ただ、ただ、静かな涙を流す。

『寂しい。寂しい。切ないよ。会いたい会いたい誰かに会いたい。どうして僕は一人なの?』

 氷の彫像動けぬ場所に、冷たき屍眠りに就いた。
 ただ物言わぬ屍の、咲かすは可憐な勿忘草。

 此の地は奈落。
 此の地は終焉。
 寵愛ゆえに愛ゆえに、置き去りにされた少年の。
 忘れられた最後の楽園。



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